【雑記】優しい笑顔 最終話 闘病編【5日目 後編】
皆様お疲れ様です。
前回の続きを書いていこうと思います。
ついに最終話になりました。よろしくお願い致します。
前回はコチラから
話の始まりはコチラから
【あらすじ】
化学療法班を周る新人の僕は32歳という若い大腸癌患者Aさんの担当になった。
自信を取り戻した僕はもう治らない状態である事をAさんに伝えた。
そして最期の入院生活が始まった。
【5日目】
Aさんのベットはカーテンで覆われていた。
その向こうにうっすらと影が映る。
僕「Aさん、おはようございます。」
ゆっくりとカーテンを開けて中に目をやる。
そこには少しやつれたAさんがいた。
A「あぁ、先生。おはようございます。昨日からかなり痛くなって痛み止め追加してもらったんですよ。」
いつものはにかんだ顔でこちらを見ている。
僕「僕も驚きました。…痛みますか?」
A「今はだいぶ落ち着いてますよ。この注射よく効くわ~。」
Aさんは終始落ち着いた調子で話している。
心を許してくれているのかその口調も滑らかで少しくだけている。
僕「痛みが強くなったらすぐに言ってくださいね。」
A「ありがとうございます。あ、血液検査はどうでしたか?」
僕「すいません。まだ結果が出ていないのでまた出たら持ってきますね。」
A「お願いします。」
気持ちを奮い立たせたとはいえまだ混乱の残るこの状態では、
何て声をかけていいのかもわからない。
血液検査もきっと悪くなっているのだろう…
結果が出るまでに一旦気持ちを整理しなければ。
挨拶を済ましこの場を立ち去ろうとした時だった…
A「先生、僕もう長くないですかね。」
Aさんが不意に話しかける。
今いる部屋に入院しているのはAさんだけであり、部屋には二人きりとなっていた。
僕「…え?」
戸惑いを飲み込んでAさんの方へ振り返る。
僕「…確かに痛みは出てきましたね。いい状況とは言えないかもしれません。」
A「…そうですよね。…子供、、産まれてくる子供に会えますかね?」
Aさんはいつになく真剣な表情でこちらを向いている。
僕「…」
絶対に無理だ。ここまで来たら僕にでも分かる。
僕「…現状はいい状況ではありません。どうなるかはまだわかりませんが。」
認めたくない自分もどこかにいたのだろう。
これ以上は話せなかった。
…
…Aさんは笑った。
A「…先生は正直やね。ずっと気を遣ってくれてたのわかってたよ。」
A「いやなこと聞いてしまってごめんね。」
Aさんは僕の方を見ている。
少し眉をひそめるようにして寂し気に笑う顔は優しかった。
A「先生、表情に出るから何考えてるかすぐにわかるよ(笑)」
こんな時でもAさんは冗談っぽく気遣ってくれた。
A「…先生はこれから一杯経験して立派なお医者さんになってな。」
A「…それでいい薬開発してくれたら皆助かるだろうし僕もうれしいわ。」
A「…約束やで。」
A「…」
A「…ありがとう」
もうまっすぐ見ることは出来なかった。
涙でにじむ視界を隠すように深く礼をしその場を後にした。
血液検査の結果はどれも悪くなっていた。
もしかしたら腸に穴が開いたのかも知れないという話になったが、
もはや為す術はなかった。
家族には上司が説明した。
妻はもちろん泣いていた。子供はまだ状況がよく解っていないようだった。
お腹の中の赤ちゃんが無事に元気に産まれて欲しい。
そう思いながら僕は上司の話を聞いていた。
…その2日後、Aさんは息を引き取った。
周りで泣く家族とは対照的に、
最期の顔も優しかったのが印象的だった。
葬儀会社の車に乗りAさんと家族が遠ざかっていく。
深くお辞儀をし終えた後、上司が軽く肩を叩く。
上「…お疲れ様。」
僕「…有難うございました。」
多くを語らない上司の後姿を見てAさんとの約束を思い出す。
この経験をあとどれだけ刻めば立派な医師になれるのだろう。
途方もない道のりだが、今日確実に一歩踏み出した。
そんなささやかな自信を寂しさで包み医局へ戻っていく。
ふと後ろを振り返る。
「...ありがとう。頑張れ。」
あの優しい笑顔が僕の背中を押した。
最後まで読んで頂きありがとうございました!