【研修医時代】心臓血管外科編 その7
皆様お疲れ様です。
前回の続きを書いていこうと思います。
前回の話はコチラから
【あらすじ】
ついに手術当日となった。手術室にて場違いな空気に戸惑いつつ、準備に取り掛かる所に教授がやってきた。そしてついに手術が始まるのだった。
中森先生と手洗い場に着いた僕は、見様見真似で手洗いを始める。
ブラシで指先から肘までごしごしこする。(今は指先以外は手で行っています)
そして水で流す際は、指先に水が流れないよう肘を立てながら行う。
これを何度か繰り返し、最後に清潔な紙で水滴をふき取る。
その後看護師さんからガウンを着せてもらい、手袋を受け取り手術室で手袋を装着し準備完了となった。
宮田「中森遅いぞ!」
臨戦態勢に入った教授にとって、僕は眼中になく全く相手にされなかった。
ただ、この時は緊張感の高まりからそんな事を気にする余裕などなかった。
中森「じゃあ先生は俺の向かいに立って。邪魔にならんようにな。」
僕「は、はい!」
第一助手には重野先生がついていた。
重野「…よろしく。」
僕「…よろしくお願いします。」
小声で重野先生が話しかける。
無口な先生なりの気遣いが嬉しい。
宮田「さて、じゃあよろしくお願いします!これより僧房弁閉鎖不全症に対する弁置換術を行う。」
一同「よろしくお願いします!」
…ついに手術が始まった。
メスで胸の中央に切開を加え、それを電気メスで広げていく。
テレビでしか見たことのない映像がより鮮明に、より詳しく目の前で繰り広げられていく。
術式についてはある程度勉強はしたものの、正直よく分からなかったため、
とりあえず解剖学(心臓、血管、神経の走行など)だけは頭に叩き込んできた。
後は見て理解していくしかない。
喰らいつくように術野を覗き込む。
あっという間に胸の骨が露出する。
今度はそれを電動鋸(のようなもの)で切断していく。
切り終わったら専用の器具で骨に引っ掛けて心臓を露出する。
顔を出したその赤い塊はリズミカルに脈打っている。
宮田「人工心肺!」
その一声とともに、技師さんが動き出す。
技師「OKです!」
2つの管が看護師さんから教授に渡される。
心臓に帰ってくる血液を吸い上げるための【脱血管】と
吸い上げた血液を体内に戻すための【送血管】である。
僧房弁を切り取り、弁を入れ替えるには心臓を切り開く必要がある。
しかし血液が流れている状態で心臓にメスを入れたらもちろん死に至る。
そのため心臓に流れ込む血液を脱血管で抜き取り、人工心肺装置に送る。
こうする事で心臓には血液が流れなくなる。
しかしこのままでは死んでしまうので、抜き取った血を装置により酸素化(酸素を含ませる事です。肺と同じ役割となります。)し送血管を通して体内へと戻す。
以上の行為を素早く行う必要がある。
ここまでは理解していた。
予想通り、教授は猛烈なスピードで送血管、脱血管を装着し人工心肺装置を作動させた。
それとほぼ並行するように氷を用意していた。
(??何をするんだ??)
全く予想できない展開を固唾を呑んで見守る。
宮田「よし氷入れろ!」
重野「はい!」
重野先生が胸の中に氷をいれる。
そして教授が冠動脈(心臓を栄養する血管です、ここが詰まると心筋梗塞を起こします。)に切開を加え、液体を注入し始めた。
(???)
まだ状況を飲み込めていない僕であったが、すぐに理解する事となる。
ピ、ピ、ピ、、ピ、、、ピ、、、、、ピ、、、、、、、
心電図の波形が平坦となり、音が止まる。。
(…なるほど。)
心臓が動いたままでは手術ができない、また動きを止めさらに冷やす事で心臓のダメージを最小限にするためであった。
…しかし、生きた人間の心臓を止める事に強烈な恐怖を覚えた。
(そうか、生死がかかっているんだ。)
僕よりはるかに偉い先生が行っているから、
教授と呼ばれる程の先生が行っているから、
教科書通りの病気に教科書通りの手術を行っているから、
この患者さんは予定通り今日の夜には目覚めて、2週間もしたら退院する。
それが当然だと思っていた。
もちろん手術の成功率が低い訳ではないし、大抵は上手くいく。
しかし、心臓を止めて行う手術、いやそもそも全身麻酔をかける事や、体の中を狭い視野の中刃物で切る事、使用する様々な薬剤、全ての事に絶対なんてものはない。
どこかで歯車が狂えば危機に瀕する。
目の前で心臓が止まってやっと、医師という自分の踏み入れた領域の怖さ、そして責任の重さを痛感した。
(助かってほしい。)
素人同然で何も持たない僕には祈る事しかできなかった。
(5時間の手術なんて体力持つかな…)
(勉強しないとな、この手術で色々覚えよう…)
(まだまだ長い手術あるのか…いやだなぁ…)
そんな事を考えていた自分に嫌気が差す。
命と向き合うという事を、全く理解できていなかった。
もしかしたら目覚めないかもしれない可能性を聞かされ、今も患者さんの家族は祈りながら待っているのだろう。
本人は病室を出るとき、死ぬ覚悟をして出てきたのだろう。
自分の事ばかりで、一番基本的な事を忘れていた。
【医療は患者さんのためにある】
戻ってやり直す事はできない。今から立て直そう。
決意を胸に秘め、手術の経過を見守るのであった。。
一旦ここで終了させて頂きます。
最後まで読んでいただきありがとうございました!