【雑記】優しい笑顔 その10
皆様お疲れ様です。
前回の続きを書いていこうと思います。
前回の話はコチラから
【あらすじ】
化学療法班を周る新人の僕は32歳という若い大腸癌患者Aさんの担当になった。
もう治らない状態である事を初めAさんに伝える事が出来なかった僕は上司、同僚との相談を経て自信を取り戻す。
そしてAさんへの病状説明が始まったのだったが...
僕「…え?」
A「…実は、子供がもうすぐ産まれるんです。」
再び衝撃が走る。
僕「そう...なんですか。」
僕「...」
頭の中が真っ白になった。
何と声をかけていいのかもわからない。
やっぱり上司に話をしてもらえば良かった。
逃げの気持ちが再び顔を出す。
僕「...」
A「...」
沈黙を破ったのはAさんだった。
A「すいません、何か困らせちゃいましたね。予定日は来月末なんです。」
少しはにかみながらこちらを気遣ってくれている。
僕「いえ...そんなことはないですよ。来月なんですね。お名前は決まってらっしゃるんですか?」
産まれてくる子供の話に切り替えるしかなかった。
来月末まではあと6週間近くある。
「予後は2週間くらいちゃうかなぁ...」
上司の言葉が脳裏をよぎる。
…間に合わない。
A「決まってますよ。○○って言うんです。これには...」
僕「そうなんですね。...」
頷きながらしばしAさんの話に耳を傾ける。
しかし内容は全く頭に入ってこない。
子供への愛情を語るAさんの表情はとても優しい。
その笑顔だけが印象に残った。
A「おっと、僕の話してる場合じゃなかったですね。」
僕「いえ、聞かせていただいて有難うございます。」
A「...先生、これから僕はどうなりますか?」
僕「...はい。話を戻しますね。先ほど説明した癌性腹膜炎ですが、仰る通り治ることはないです。」
A「...」
僕「ですが、現在の状況はそれ以外の要素も併発している可能性はあります。」
A「…?どういうことですか?」
僕「はい。メインは癌性腹膜炎ですが、腸閉塞になったことによる感染、炎症も重なっている可能性があります。そうなれば抗菌薬で少しは良くなるかもしれないです。」
A「そうなんですね!」
僕「それに、まだ腸を動かす薬を使っていないのでそれを使う事でも少し動いてくれる可能性はあります。」
少しAさんの顔がほころぶ。
A「じゃあ、良くなって退院できるかもしれないですか?」
「かわいそうやけど、この入院が最後やわ」
またも上司の言葉が釘を刺す。
きちんと病状を説明するべきだ。
いや、希望を奪う必要はない。ここは退院出来るかもしれないと言ってあげるべきだ。
嘘をついて向き合っていると言えるのか?
結果は変わらない。退院できないならせめて希望を持たせてあげるべきだ。
自分は神にでもなったつもりか?
......
産まれてくる子供の事を話すAさんの優しい顔が浮かぶ。
...
...
希望を奪う必要はない。
【退院できるかもしれない】
その気持ちが生きる活力になればいい。
僕「...そうですね。上手く薬が効いてくれれば退院できるかもしれないです。」
A「本当ですか?...やった。」
これは嘘ではない。
頑張って長く生きれれば一時退院出来るかもしれない。
何度も自分に言い聞かせた。
僕「ですが、もちろん癌性腹膜炎がメインなのは変わりません。しばらくは食事は出来ませんので点滴で補いますね。」
A「…そうですよね。でも希望が持てました。ありがとうございます。」
Aさんは真っすぐこちらを見ている。
その優しい笑顔に胸が締め付けられた。
…これは嘘ではない。
Aさんの最期の入院生活が始まった。
長くなりましたので一旦終了させて頂きます。
最後まで読んで頂きありがとうございました!