消化器内科医のひまつぶし

医療関係を中心に?日々起こった事、思った事書いていこうかと思います。

【雑記】優しい笑顔 その12 闘病編【2日目】

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皆様お疲れ様です。

前回の続きを書いていこうと思います。

前回はコチラから

 

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 話しの始まりはコチラから

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【あらすじ】

化学療法班を周る新人の僕は32歳という若い大腸癌患者Aさんの担当になった。
自信を取り戻した僕はもう治らない状態である事をAさんに伝えた。

そして最期の入院生活が始まった。

 

【2日目】

 

昨日の今日で何かが変わるわけではない。

 

 

それは良くならない事への諦念か、

それは悪くならない事への念望か。

 

複雑に絡み合う思いを胸にN病棟へと向かった。

 

 

病棟につくといつも通り詰所に向かう。

 

看「お疲れ様です。」

僕「お疲れ様です。」

 

勤務形態が皆違うためか、どの時間帯でもこの挨拶がとり行われる。

 

ふと目をやると詰所の近くの病室が見える。

そこにAさんがいた。

 

 

僕「あれ?Aさんの部屋こっちに移ったんや?なんかあった?」

 

不安がよぎる。

詰所の近くの病室はすぐに対応できるよう重症患者が入る事になっていた。

 

 

看「いえ、一応急変に備えた方がいいかと思い移ってもらいました。」

 

 

近いうちに必ず起こるであろう病態を「急変」と表現するのに違和感を覚えながらも、

何事もなかった事に安心する。

 

 

するとAさんがこちらを向きいつものようにはにかんでいる。

 

本来は昨晩の看護カルテを確認してから病室に向かうのだが、

目が合ったので手順を飛ばしAさんのもとへ向かう。

 

 

僕「おはようございます。いかがですか?」

 

A「おはようございます。昨日よりもお腹の張りもましになってだいぶいいですよ。」

 

 

僕「便は出ましたか?」

排便があれば腸が動き出した証拠となる。

 

A「まだ出てないですね。」

 

僕「そうですか…」

 

 

僕「…でも症状が良くなってきたのはいいですね!明日血液検査とレントゲン行いますね。」

 

A「わかりました。お願いします。」

 

 

僕「また何か症状悪くなったりしたらすぐに仰って下さいね。」

 

A「怖い事言わないで下さいよ(笑)…わかりました。」

冗談っぽく話すAさんにこちらも笑顔で応え病室を後にした。

 

 

詰所に戻り、昨晩のカルテを確認する。

 

僕「ん?痛み止め使ったんだ。結構痛がってたん?」

 

【入院指示】

入院の際には、痛みが出たらこれ、熱が出たらこれ、といった具合に使う薬剤を指示しておきます。

そして夜間などはその指示をもとに看護師さんに薬剤を使用してもらう事で迅速な対応ができます。

 

 

看「いや、そんなに痛がってはいなかったみたいですよ。なんか重たい感じがするとかで1回だけ使用したみたいです。」

 

僕「まぁ、腸閉塞も残ってるししょうがないか。わかりました、有難うございます。」

 

 

重たい…か。

 

症状もよくなっており、経過観察の方針とし病棟を後にした…

 

少しの憂慮を胸に。

 

 

一旦終了させていただきます。

最期まで読んでいただきありがとうござました!

【雑記】優しい笑顔 その11 闘病編【1日目】

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【あらすじ】

化学療法班を周る新人の僕は32歳という若い大腸癌患者Aさんの担当になった。
自信を取り戻した僕はもう治らない状態である事をAさんに伝えた。

そして最期の入院生活が始まった。

 

 

 

僕「さて…」

 

Aさんと話した後、そのまま詰所に戻りパソコンの前に座った。

(点滴の予定を組んで、採血の予定を入れて、明日もう一度レントゲンを撮って…)

今後の予定を考え始める。

 

 

 

 

「本当ですか?…やった。」

あの時のAさんの笑顔が頭から離れない。

 

 

…これでよかったのか?

…いや、これしかなかった。

 

 

自問自答の渦が葛藤となって押し寄せる。

 

パソコンに向かう手は止まっていた。

 

 

そんな姿を気にしてか看護師さんが声をかけてくれる。

 

看「先生大丈夫ですか?」

僕「うん、ありがとう。大丈夫。」

僕「…とりあえずかなり厳しい状態ってことは伝えたけど、点滴で経過みようって話してきました。」

 

看「はい。」

僕「退院も出来たらいいなって話もしてて…厳しいかもしれないけど…」

 

看「はい。」

僕「だからとりあえず出来る限りの点滴で戻ってくれたらいいなって思ってます。」

 

看護師さんは頷きながら聞いてくれている。

その心遣いが気持ちを和らげる。

 

 

僕「よし。」

 

再びパソコンに向かう。

栄養管理、抗生剤、腸を動かす点滴、そしてサンドスタチン

それらを組み合わせて点滴のオーダーを立て指示を出す。

 

続いて血液検査、レントゲン検査の指示を出す。

 

血液、レントゲン検査は2日後に行うこととした。

 

 

…さぁ、これで準備は出来た。

出来る限りの事は行った、後は祈るだけだ。

 

 

…そう、祈ることしか出来ない。

 

 

長い一日が終わった。

 

 

今回ちょっと短かったのですが、

まとめにくかったので一旦終了します。

箸休め的な回と思ってご容赦ください…

最後まで読んでいただき有難うございました!

【雑記】優しい笑顔 その10

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【あらすじ】 

化学療法班を周る新人の僕は32歳という若い大腸癌患者Aさんの担当になった。
もう治らない状態である事を初めAさんに伝える事が出来なかった僕は上司、同僚との相談を経て自信を取り戻す。

そしてAさんへの病状説明が始まったのだったが...

 

 

僕「…え?」

 

 

 

A「…実は、子供がもうすぐ産まれるんです。」

 

 

再び衝撃が走る。

 

僕「そう...なんですか。」

僕「...」

 

頭の中が真っ白になった。

何と声をかけていいのかもわからない。

 

 

やっぱり上司に話をしてもらえば良かった。

逃げの気持ちが再び顔を出す。

 

 

僕「...」

 

A「...」

 

 

沈黙を破ったのはAさんだった。

 

A「すいません、何か困らせちゃいましたね。予定日は来月末なんです。」

 

 

少しはにかみながらこちらを気遣ってくれている。

 

 

僕「いえ...そんなことはないですよ。来月なんですね。お名前は決まってらっしゃるんですか?」

 

産まれてくる子供の話に切り替えるしかなかった。

 

 

来月末まではあと6週間近くある。

 

「予後は2週間くらいちゃうかなぁ...」

上司の言葉が脳裏をよぎる。

 

 

…間に合わない。

 

 

A「決まってますよ。○○って言うんです。これには...」

僕「そうなんですね。...」

 

 

頷きながらしばしAさんの話に耳を傾ける。

しかし内容は全く頭に入ってこない。

 

子供への愛情を語るAさんの表情はとても優しい。

その笑顔だけが印象に残った。

 

 

A「おっと、僕の話してる場合じゃなかったですね。」

僕「いえ、聞かせていただいて有難うございます。」

 

 

A「...先生、これから僕はどうなりますか?」

 

僕「...はい。話を戻しますね。先ほど説明した癌性腹膜炎ですが、仰る通り治ることはないです。」

 

A「...」

 

 

僕「ですが、現在の状況はそれ以外の要素も併発している可能性はあります。」

 

A「…?どういうことですか?」

 

 

僕「はい。メインは癌性腹膜炎ですが、腸閉塞になったことによる感染、炎症も重なっている可能性があります。そうなれば抗菌薬で少しは良くなるかもしれないです。」

 

A「そうなんですね!」

 

 

僕「それに、まだ腸を動かす薬を使っていないのでそれを使う事でも少し動いてくれる可能性はあります。」

 

少しAさんの顔がほころぶ。

 

A「じゃあ、良くなって退院できるかもしれないですか?」

 

 

 

「かわいそうやけど、この入院が最後やわ」

またも上司の言葉が釘を刺す。

 

 

 

きちんと病状を説明するべきだ。

いや、希望を奪う必要はない。ここは退院出来るかもしれないと言ってあげるべきだ。

 

嘘をついて向き合っていると言えるのか?

結果は変わらない。退院できないならせめて希望を持たせてあげるべきだ。

 

自分は神にでもなったつもりか?

......

 

産まれてくる子供の事を話すAさんの優しい顔が浮かぶ。

 

...

 

...

 

 

希望を奪う必要はない。

【退院できるかもしれない】

その気持ちが生きる活力になればいい。

 

 

僕「...そうですね。上手く薬が効いてくれれば退院できるかもしれないです。」

 

A「本当ですか?...やった。」

 

 

これは嘘ではない。

頑張って長く生きれれば一時退院出来るかもしれない。

何度も自分に言い聞かせた。

 

 

僕「ですが、もちろん癌性腹膜炎がメインなのは変わりません。しばらくは食事は出来ませんので点滴で補いますね。」

 

A「…そうですよね。でも希望が持てました。ありがとうございます。」

 

Aさんは真っすぐこちらを見ている。

その優しい笑顔に胸が締め付けられた。

 

 

 

…これは嘘ではない。

 

 

 

Aさんの最期の入院生活が始まった。

 

 

 

長くなりましたので一旦終了させて頂きます。

最後まで読んで頂きありがとうございました!

【雑記】優しい笑顔 その9

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皆様お疲れ様です。

前回の続きを書いていこうと思います。

 

前回の話はコチラから

 

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【あらすじ】

化学療法班を周る新人の僕は32歳という若い大腸癌患者Aさんの担当になった。
もう治らない状態である事を初めAさんに伝える事が出来なかった僕は上司、同僚との相談を経て自信を取り戻す。そしてAさんへの病状説明が始まった

 

【読む前に...】

少しシリアスな話になりますので予めご了承ください。

あとAさんの気持ちを推察する場面がありますが、読みやすくするため敬語は省略させて頂いております。失礼な感じに見えてしまったら申し訳ありません。

 

 

僕「失礼します。」

 

A「先生お疲れ様です。どうかしましたか?」

 

僕「すいません、週末にご家族と一緒に話させて頂く事は変わりないのですが...」

僕「先ほど上司とも画像検査やデータのチェック行いまして、今わかる範囲で現状をお伝えしといた方がいいと思いお呼び立てしました。」

 

A「そうですか。わざわざ話に行って頂いたんですね、ありがとうございます。」

 

僕「いえ...」

少し戸惑いの残る手でパソコンに入っている画像データを開く。

 

僕「では...説明していきますね。」

A「お願いします。」

 

僕「まずこのCT画像ですが、今回腸が詰まっていたためこのように腸管が非常に拡張しています。」

 

A「はい。それでこの管を入れて頂いたんですよね。」

 

僕「その通りです、今入れているイレウス管という管から詰まっている便汁が吸引されて状態としては良くなってきています。」

 

A「はい。ありがとうございます。...大体いつ頃抜けるかはわかりますか?」

 

僕「...順を追って説明させて頂きますが...かなり厳しい話になります。」

 

A「…そうですか。」

 

 

A「お願いします」

 

Aさんの顔を横目で覗く。

始め顔を曇らせたが、すぐに表情を戻し少しはにかみながらこちらを見ている。

今までもきっと何度も厳しい話を聞いてきているのだろう。

こんな時ですらこちらに嫌な顔は見せまいと気を遣ってくれているように感じた。

 

少しの沈黙が流れ、僕は再び話し始めた。

 

僕「まず、今回の腸閉塞の原因ですが...癌性腹膜炎という状態のため起こったと思われます。」

 

A「癌性腹膜炎…ですか?」

 

僕「はい、これは癌細胞がお腹の中に散らばってしまい炎症を起こしている状態です。このため腸が動かなくなってしまったと考えています。」

 

A「そうですか。…悪くなっているんですね。…ということは抗癌剤が効かなくなってしまったんですね。」

 

今まで何度も抗癌剤を変更しているAさんはすぐに現状を理解していた。

 

【抗癌剤について】

抗癌剤は使用中に定期的に検査を行い、腫瘍の大きさや血液検査などの情報から効果判定を行います。それにより効果なしと判定されたら次の抗癌剤へと変更していきます。(1st line、2nd lineなどと呼んでいます) 

大腸癌に対しては当時3rd lineまでしかありませんでした。

現在は5th lineまであります。(かなり多彩に分かれており病状によって使い方は変わります、状況によっては3rd,4th lineまでの使用に止まる場合もあります。)

 

 

 

A「…あと、どれくらい生きれますか?」

 

首筋から頭のてっぺんにかけて衝撃が走る。

覚悟はしていたが、まさかいきなり聞かれるとは思っていなかった。 

 

現在使用している抗癌剤が最後だと分かっているAさんはすぐに切り替えていた。

 

 

僕「...そ、それは人によるので分かりません。数週間の事もあれば、数か月、それ以上となる事もあります。」

 

動揺を何とか隠しながら、核心の部分を伝える。

しかし、上司の見立てをそのまま伝える事は出来なかった。

 

 

…数か月、それ以上?そんな訳がない...

 

 

分かっている。分かってはいるが、これが精一杯だった...

 

 

A「...数週間の事もあるんですね。」

 

A「…」

 

 

Aさんはうつむきながら考え込んでいる。

 

しばしの沈黙が流れる。

 

 

 

不意にAさんが顔を上げ話し始めた。

 

 

A「実は…...」

 

 

 

僕は言葉を失った。

 

 

長くなりましたので一旦ここで終了します。

最後まで読んで頂きありがとうござました!

【雑記】優しい笑顔 その8

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皆様お疲れ様です。

前回の続きを書いていこうと思います。

 

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【あらすじ】

化学療法班を周る新人の僕は32歳という若い大腸癌患者Aさんの担当になった。
もう治らない状態である事をAさんに伝えることのできなかった僕は同僚Sと話すことで自信を取り戻す。

そして再び病棟へ向かうのだった。

 

N病棟へとたどり着いた僕はもう一度カルテを書きに詰所に立ち寄る。

 

看「先生、○○先生(上司)とは話されたんですか?」

僕「うん、話してきたよ。それよりAさんってどんな感じの人か知ってる?」

 

看「...? どんな感じってどういうことですか?」

僕「えっと,,,告知の時に本人に話すのか、家族に話すのかとか...ね?」

 

 

看「あぁ。本人さんがしっかりされているので全部本人に話されていたみたいですよ。」

 

 

【告知について】

昔の癌告知は慎重にまずは家族から話して本人に告知するタイミングを決める事が多かったらしいのですが、最近は基本的に本人に告知する事になっています。(残りの予後に対して人生のプランを立てて頂くため)

 

...と、僕は習ったのですが実際臨床でそのまま行うとトラブルになることも多々あります。(「何で本人に言ったのか?」「そんなことは希望していない!」等)

...かと思えば、家族に先に話すとそれはそれで「何で自分(本人)に話さないのか?」とトラブルになることもあり、誰にどのタイミングで告知するかというのはかなり悩ましい部分です。

 

なので患者さん本人がどれだけ許容できるか、家族はどのように考えておられるのか等の情報を得る必要があるのですが、今回の場合は前回の告知内容などを詳しく知る事が出来たのでスムーズでした。

 

 

(本人が許容されておられるのか…)

(確かにあの雰囲気なら納得だ。...よし。)

 

僕「そしたら本人に今からある程度話します。」

看「週末でなくていいんですか?」

 

僕「うん、週末まで少し時間空くし、そうなればAさんも不安やろし...どうせ話すなら今僕が分かってることは話しておいた方がAさんも納得できるんじゃないかと...」

 

看「分かりました、ではIC室(病状説明行う部屋)にご案内しますね!」

僕「お願いします。」

 

 

…本当にそうだろうか?

Aさんが納得できる?自分がさらけ出すことで重圧から逃れたいだけじゃないか?

誠心誠意ぶつかるなんて綺麗事を自分に言い聞かせて、ただ逃げたいだけじゃないのか?

 

そんないつものネガティブな考えが胸の奥から渦巻いてくる。

 

 

【出来ることを出来る限りやる】

 

 

この言葉がすぐにそんなネガティブをどこかへ消し去る。

前向きに出した答えならならそれは間違いじゃない。

 

 

説明しないでいたらきっと上司が見かねて説明してくれるだろう。

今頑張って話さなくても、その内話す時が来るんだしそれでいいだろう。

もしかしたら予想よりももっと長生き出来て、厳しい話なんかする前に僕は次の班に移れるんじゃないか?

 

そんな次々生まれてくる逃げの誘惑を振り切る。

 

看「...生、先生。Aさん来られました。」

 

 

気付けば詰所から見える小部屋からAさんがこちらを見ている。

僕は笑顔で応えながらその部屋へと足を進めた...

 

 

長くなりましたので一旦終了します。

僕自身の葛藤ばかりで長くなってしまいました💦

次回からAさんとの対話(病状説明)が始まります。

最後まで読んで頂きありがとうございました!

【雑記】優しい笑顔 その7

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皆様お疲れ様です。

前回の続きを書いていこうと思います。

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【あらすじ】

化学療法班を周る新人の僕は32歳という若い大腸癌患者Aさんの担当になった。
もう治らない状態である事を知った僕は今後の方針を上司と相談、いざ告知に向かう僕であったが、その前に同僚Sのいる部屋へと向かった。

 

S「お疲れさん。ケモ班はどんな感じ?」

僕「…中々シビアな感じやわ。」

 

ケモ班というのは化学療法班の通称である。

 

S「俺のとこも今大変やわ。昨日も吐血患者来てたし今日は内視鏡手術みたいやし、あと…」

 

 

Sは話し始めると止まらない。いつものことである。

たまに相槌を打ち適当に聞き流しながらパソコンを起動する。

 

 

S「…というわけやねん。んでな…」

僕「ほぅほぅ…ふぅん。へぇ…そうなんや。」

 

 

明日にはお互い全く覚えていないであろう会話(彼が話しているだけだが)が続く。

 

パソコンはすでに起動を終え、デスクトップの画面が表示されている。

 

 

S「…で、どうしたん?」

 

突如話が途切れ、Sが真顔でこちらを向いている。

Sとは学生時代に知り合いかれこれ10年になる。

 

苦楽を共にしてきた友はきっと部屋に入った時から気付いていたのだろう。

重い空気を緩和させるためにいつも通り話してくれていた事にこちらも気付く。

 

 

僕「まぁ特別な話ってわけじゃないんやけど…」

 

事の経緯を話し始める。

Sは先ほどとは打って変わって、黙って話を聞いてくれている。

 

僕「…ということで、なんて話していいものか…」

 

S「まぁ、ケモ班やから避けて通れん道よなぁ…でも若すぎるな。」

 

僕「せやねん。かなりきついわぁ」

 

S「うーん…でも事実を伝えないわけにもいかんし、サンドスタチンもあるんやからそれで少し希望を持ってもらえるんちゃう?」

 

僕「そうよなぁ…それしかないよなぁ。」

 

S「まぁ出来る事を出来るだけやるしかないやろ。足らん部分は上が何とかしてくれるやろ。」

 

僕「…せやな。ありがとう。」

 

一通り話し終えた僕はついでにニュースサイトを見ながら休憩する。

 

 

…プシュッ!

 

 

ふいに缶を開ける音がする。

Sが缶コーヒーを持ち込んでいた。

 

S「もう一本あるけど飲む?」

 

僕「ん?見つかったらここ出禁になるで(笑)」

 

S「まぁ元々出入り禁止やからな(笑)」

 

僕「確かに(笑)」

 

 

僕「…ありがとう。」

 

さりげない気遣いに感謝しながら、しばし憩いの時を過ごす。

 

 

僕「…そろそろ行くわ。」

 

S「おーお疲れさん~。」

 

彼はいつまで休憩しているのだろう?

まぁおかげでリフレッシュ出来た。

 

 

【出来る事を出来るだけやる】

 

 

そう、新人が一人で背負いこんでもたかが知れてる。

ならばやれるだけやって後は頼ればいいんだ。

 

膨れ上がった責任感はいつの間にかそんな当たり前の事まで見えなくさせていた。

 

 

患者さんにとっては僕らの言葉が全てだ。

 

病気については色々とネットで情報を調べたり、人から話を聞いたりすることはできるが、たとえ同じ病気だとしても、全く同じ病状なんてものはない。

 

僕らがちゃんと一人一人に病状を、治療法を、今後起こり得る事を、

わかりやすく、そして相手を労わりながら言葉にする。

 

 

そこを軽んじる気持ちは毛頭ない。

しかし、出来ない事は出来ない。

たかだか働いて2年ちょっとの僕が患者さん、家族の心を完全に救う言葉をかけられるのならば、多分この世界は簡単だ。

 

自分で全部しようと思う事自体おこがましい。

 

誠心誠意向き合って話すしかない。

 

 

僕「…よし。」

 

 

N病棟へ向かう。もうその顔に迷いはなかった…

 

 

長くなりましたので一旦終わります。

最後まで読んでいただき有難うございました!

【雑記】優しい笑顔 その6


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皆様お疲れ様です。
前回の続きを書いていこうと思います。

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【あらすじ】
化学療法班を周る新人の僕は32歳という若い大腸癌患者Aさんの担当になった。
もう治らない状態である事をAさんに告知しようとするが、出来なかった僕は上司のもとへ急いぐのだった。


外来まで足早に向かう。
上司の外来ブースにたどり着いたら幸い最後の患者さんへの説明中だった。


上「...というわけで、化学療法続けていきましょう。お疲れ様でした。」


説明が終わる。カルテを書き始めた上司をブースの裏から顔を少し出し覗きこむ。


(傍から見たら怪しい人に見えるかな...)
そんな些細な不安を抱えながらタイミングを見計らう。


と、不意に上司がこちらを振り向く。


上「(笑) いやいや、何してるん?」

...どうやら身を乗り出しすぎていたようだ。


上「めちゃ怪しい人みたいやで(笑)」

(...やっぱりそう見えたか)


早めに声をかければよかったと少し後悔しながら、話し始める。

僕「外来お疲れ様です。あの、Aさんの担当になって画像見たんですけど...」


上「おぉ、先生が担当になったんや。よろしくね。で、何かあったの?」


僕「それが、癌性腹膜炎からの麻痺性イレウスなってて...これってイレウス管抜けないですよね?あと...予後(寿命)どれくらいとか先生分かったりしますか?」



上「この患者さんなぁ....かわいそうやけど、この入院が最後やわ。予後は2週間位ちゃうかなぁ...」


僕「!...2週間ですか。」


この頃の僕はまだ経験が浅く、いつかは亡くなるのだろうなとはわかっていても、
それがどのくらいなのかについては全く見当もついていなかった。


(そんなに早いのか...)


もちろん、あくまで見立てであるから外れることもあるだろう。
しかし、この道で何十年とやってきている先生の言葉だ。
きっとそんなには外れないのだろう。


上「イレウス管はもう少し見たら抜いてあげよっか。あれ痛いし、しんどいやろうからね。」

僕「え?抜けるんですか?でもそしたらまた腸閉塞になってしまうんじゃ…」


上「サンドスタチン使ったら意外と大丈夫だよ。まぁもちろんそれでも閉塞してしまう事あるけど。その時はもう仕方がないかな。」


【サンドスタチン】
サンドスタチンは消化管ホルモンや成長ホルモンの分泌を抑制する薬剤です。
ですので本来はホルモンを過剰に分泌する腫瘍(ホルモン産生腫瘍)に適応となりますが、
消化管閉塞に伴う消化器症状を緩和してくれる作用もあります。


僕「そんな薬があるんですね。容量調べて使うよう指示出しときます。」

上「うん、患者さんには重々に説明しないかんよ。」

僕「はい。了解しました。有難うござました。」



「仕方がない」…もちろんわかってはいるが、やはりもどかしさが込み上げる。
イレウス管を抜いて、次に詰まるときは恐らくもう...



僕(...いかん、ちょっと寄り道しよう。)



ネガティブに考えがちな僕はどんどん悪い方向に考えが行ってしまう。
僕がネガティブになったところで結果は変わらない。
そんなことは分かっていても中々生まれ持っての性格は変わらない。


そんな時はいつも医局の横にある小部屋に行く。
そこはパソコンが何台か置いてあり、本来は新規入職者に電子カルテを教える場所なのだが、普段は大体空き部屋になっている。
それに目を付けた僕と同僚Sがいつも何か調べものする時や休憩する時にこっそり忍び込んでいた。
またお互いが悩んだ時もそこでよく相談していた。


僕 (Sいるかな…)

期待しながら小部屋のドアを開ける。


S「おーお疲れさん~」


椅子を並べて足を延ばしながらパソコンをいじくっている。
いつもの姿で彼は休憩していた。


僕「おーお疲れ~」


気持ちが和らぐ。やはり同僚というのは本当に大事な存在だ。



Aさんと話す前にSの考えも聞いておこうかな...



そう思った僕は、彼の横のデスクに椅子を並べ似たような格好で話し始めた...



長くなりましたのでここらへんでいったん終了させて頂きます。
前回同様書き始めたら色々と思い出して早くも6話になってしまいました(笑)
もう少し続きます。お暇な時にでも見た頂けたら嬉しいです。

最後まで読んで頂きありがとうございました!



【雑記】優しい笑顔 その5


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皆様お疲れ様です。
前回の続きを書いていきたいと思います。

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【あらすじ】
化学療法班を周る新人の僕は32歳という若い大腸癌患者さんの担当になった。
画像検査結果は癌性腹膜炎、もう治らない状態である事を確認した僕は病状説明に向かうのだった・・・


Aさんの病室へと向かう僕。その足取りは重い。

僕「失礼します。検査お疲れ様でした。」

A「いえいえ、検査どうでした?」

僕「レントゲン検査は良くなってきていました。イレウス管が良く効いている証拠です。とりあえず腸が詰まって破裂するなんて事は起きないと思います。」

A「破裂!?それは怖いですね(笑)この管はまだしばらく入れてなきゃ駄目ですよね?」

僕「…そうですね。抗生剤使ってますので、それが効いて便が出る位まで腸が動けば抜けるとは思います。どれくらいかかるかは…分かららないです。」

A「そうですよね。有難うございました。」

…言えない。
厳しい話を昨日今日あった僕がいきなり話せる訳がない。
まだ希望があるのだからいたずらに不安をあおるような説明はするべきではない。
今話さないのは仕方がない。

そんなもっともらしい言い訳が頭を駆け巡る。



…怖い。


僕らは2年間の研修医を経てようやく一人前の医師として認められる。
しかしそれは同時に主治医としての責任が生まれ始めると言う事でもある。

もちろん、覚悟はできている。3年目になってから、今までトラブルもなくそれなりに上手くやってきたつもりだ。
力及ばず亡くなってしまった方だっていた。これはいつも通りの日常だ。

それは分かっている…分かっているけど…怖い。


僕の話す言葉がこの人を、この家族をどれだけ傷つける事になるだろう。

それがこの仕事だ。そんな事は関係ない。事実を淡々と伝えればいい。

どうやって話せば、傷つかずに話せるのだろう。

そんな方法はない。今までだってそうしてきた、これからだって。



A「…生?先生?どうかしましたか?」

僕「あ、いえ。経過の説明もありますし一度家族さんにも話したほうがいいですね。週末家族さんこられますか?」

A「来れると思いますよ。先生大変だろうし僕のほうから連絡しときますね。」

僕「助かります。では金曜日の3時位で行けそうですか?」

A「わかりました。」

僕「ではよろしくお願いします。」


約束を取り付け病室を出る。

(こんな気持ちを悟られるわけにはいかない。)

そんな思いが少し足を早める。


詰所に戻った僕に看護師さんが心配そうにこちらを見ている。

看「どうでしたか?」

僕「とりあえずイレウスは良くなってきてるって話してきました。今後の事は経過見ながら話すしかないですかね…」

看「…分かりました。」

僕「また上の先生とも相談しときます。週末に家族さん呼んでるんで説明行いますね。」


大学病院では研修医-主治医-上級医の3人で患者さんを担当するのが基本です。
ですが、当時の化学療法班は患者さんの人数が多く、研修医が担当にならないケースも多々ありました。
また上級医は患者さんの多さに加えて外来、大学病院以外の病院へのヘルプなども行っており、方針が決定したら後はほぼ主治医が一人で診なければならない状態でした。


幸い今日は上司が外来やってる日だ。
そろそろ終わる時間だし、一度覗いてみようかな。

そうして、上司の下に急ぐのであった…

長くなりましたので一旦ここで終了します。
最後まで読んでいただき有難うございました!